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『プレシャスデイズ』ワールド紀行
第1回:王都グランツ~白亜の王城~
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■語り手:テオ(魔術師見習い/グレード1)
 
 僕は今、師匠の後に続いて大きな街道を歩いている。
 背負った荷物は少し重いけれど、目の前に広がる光景に、疲れなんてどこかへ吹き飛んでしまった。

「どうした、テオ。口が開きっぱなしだよ」

 師匠は面白そうに僕に声を掛ける。

「あれがこのミッドランド王国の新しい心臓、王都グランツだ」

 師匠が指差した先には、僕が見たこともないほど真っ白で巨大な城壁が、太陽の光を跳ね返して輝いていた。
 僕の故郷の村では、10年前の戦争の傷跡があちこちに残っているけれど、この街は違う。前の王都が魔王軍に焼かれた後、国王のエルミンドール陛下がゼロから築き上げたというこの都市には、すすけた影ひとつなかった。

 城門で停められるかと思ったら、師匠の顔を見るなり衛兵が敬礼して通してくれた。さすが師匠。有名人らしい。
 街の中に入ると、さらに驚いた。石畳は平らに整えられ、あちこちで新しい建物を造る槌音が心地よく響いている。ここは「失われたもの」を嘆く場所じゃない。「これから始まるもの」を祝う場所なんだ。

 見渡す限り、通りは定規で引いたように真っ直ぐな格子状に伸びている。見通しの良さに感心していると、師匠が大きな通りの角に立つ、一際高い塔のひとつを指差した。

「テオ、あの塔が見えるかい? ただの物見櫓じゃないんだ。もし外敵が侵入してきたら、あの塔を起点に地属性の魔術を連結させ、巨大な防護壁を展開するんだ」

 よく見ると大通りが交差する場所ごとに、高い大きな塔が配置されていた。

「最悪の場合は、土属性の魔術で塔そのものを崩して敵を押し潰し、通りを封鎖する仕掛けにもなっている」

 師匠の言葉に、僕は背筋が寒くなるのを感じた。この美しく整った街並みは、すべてが「次なる戦争」を想定して設計された巨大な要塞でもあるんだ。復興の喜びの裏側にある、切実な決意を突きつけられた気がした。

 ◆

 師匠に連れられて最初に向かったのは、魔術師協会の「塔」だった。
 ミッドランド各地にある拠点の中でも大きい方の塔なのだそう。まあ、他所と比較できるほど僕は世界を知らないのだけれど。

 その塔は都市のちょうど中心に位置していた。広大な中央広場を挟んで、片側には厳かな神殿、もう片側には壮麗な王宮がそびえ建っている。
 驚いたのは、魔術師協会の塔が、それら権威の象徴である王宮や神殿に引けを取らないほど巨大で、堂々と建っていることだ。
 高い外壁で守られた敷地内に一歩踏み込むと、そこはひとつの街のようだった。国中から集まった魔術師たちの宿泊施設はもちろん、古今東西の知識が眠る巨大な図書館、夜通し怪しい光が漏れる研究施設。そして、石造りの立派な闘技場まで備わっている。
 ここはまさに、魔術師の、魔術師による、魔術師のための聖域だった。

 そして、僕はそこで自分と同じくらいの年の女の子に出会った。
 彼女の名前はセレス。僕が武器に魔力を込める「エンチャンター」のスタイルなのに比べて、彼女は「キャスター」……純粋な魔術で戦うスタイルで、指揮棒のような杖で流麗に魔力を操る。
 黒い髪を揺らして、僕をじっと見つめる彼女の瞳は、まるで氷細工みたいにクールだった。

「……見慣れない顔ね。この都市にはきたばかり?」
「あ、ああ。僕はテオ。師匠に連れられて修行にきたんだ。えっと、図書室はどっちかな?」

 僕がおどおどして聞くと、彼女は顔色ひとつ変えずに言った。

「……ついてきなさい。反対方向よ」

 案外親切そうだ。

「案外親切そうだ、なんて思っていない?」

 僕は慌てて首を横に振った。
 彼女はとても勘がよく聡明だって分かる。

「放っておくと迷子になって、そのまま行方不明になりそうだから」

 言葉はきついけれど、彼女は不慣れな僕のペースに合わせて、ゆっくりと歩いてくれた。
 無愛想なのは、きっと彼女なりの照れ隠しなのかもしれない。
 
 ◆

「そこまで!」

 塔の闘技場に、審判をしていた師匠の声が響いた。
 王都に来てから一週間がたっていた。
 師匠はせっかく他の魔術師見習いもいるのだからと、闘技場での模擬戦を勧めてくれた。
 そして、初めての敗北を喫したところだ。

 僕は膝をつき、肩で息をしていた。
 手にした木剣は、もう指一本動かせないほど重く感じる。

 結果は、僕の完敗だった。
 セレスの動きは、僕の想像をはるかに超えていた。
 僕が魔力を練って一撃を見舞おうとする間に、彼女の指揮棒からはよく制御された鋭い魔術が、次から次へと飛んできた。
 実力があまりにも違いすぎる。
 文字通り一太刀もかすらせることができないまま、僕は魔力切れで動けなくなってしまった。

「……修行不足ね。魔力を消費しすぎよ」

 セレスは呼吸ひとつ乱さず、杖を収めた。
 でも、僕の隣まで歩み寄ると、彼女はマグカップに入った冷たい水を差し出してくれた。

「もっとも、魔力の質は悪くなかったわ。次は……もう少しマシな相手になってちょうだい。待ってるから」

 そう言ってそっぽを向いた彼女の尖った耳が少し赤かったのを、僕は見逃さなかった。

 ◆

 その後、師匠に連れられて向かったのは、なんと王城の謁見の間だった。

 王宮は天を突くほど高い頑丈な壁に囲まれ、街の喧騒から切り離されていた。
 その内部は、政治を司る官僚たちが忙しく立ち働く庁舎と、屈強な騎士たちが控える兵舎が一体となった広大な空間だ。
 遠くからは訓練に励む兵士たちの気合の入った声が地響きのように聞こえ、廊下では山のような書類を抱えた官吏たちが、足早に、けれど整然と行き交っている。ここが王国の脳であり、筋肉なんだという圧倒的な活気に、僕は飲み込まれそうになった。

 謁見の間は普通の一軒家がそのまま入るくらいに大きかった。
 大きなテーブルには何脚もの椅子が並べられていた。
 僕には不釣り合いなほど大きな椅子に座るように言われてその通りにしたら、足が床に届かない。なんだか、僕の小ささを突きつけられているような気がした。
 侍女さんが、よく冷えたレモン水を出してくれたのだが、緊張で手を付けることもできなかった。
 心臓が口から飛び出しそうなほどドキドキして、ふかふかの絨毯の模様を見つめることしかできなかった僕の前に、穏やかな、でも凛とした声が降ってきた。

「顔を上げなさい、テオ。修行の成果、見せてもらったぞ」

 そこにいたのは、国王陛下だった。
 “賢王”エルミンドール。
 王国の誰からも尊敬され、愛されている王様だ。
 驚いたことに、陛下が僕の名前を呼んでくれた。師匠が言うには、国王陛下はこの国にいる魔術師見習いたち全員の名前と顔を把握しているという。
 この国の未来を担う「子供たち」のことを、陛下はいつも気にしているのだと、師匠が後で教えてくれた。

「セレスとの手合わせの感想はどうだった?」

 陛下はそんなことまでご存じだった。

「良い経験になったろう。あの子は王都でも有名な俊才だからな」

 そう言うと陛下はふと優しく笑った。

「お前の剣には、一陣の風のような速さがある。いずれ彼女とも互角以上に戦えるだろう。今の心を忘れず、精進せよ」

 陛下に肩を叩かれた瞬間、僕の体の中に温かい光が灯ったような気がした。
 王様が、僕のことを見てくれている。僕たちの成長を、国中が、および王様が願ってくれているんだ。

 ◆

 王都を去る日、僕は城門の前で振り返った。
 白亜の街並みは、今日も活気に満ちている。

「テオ、行くぞ。目的地は聖都エルドラだ」
「はい、わかりました師匠!」

 僕はセレスにもらったアドバイスを反芻しながら、強く拳を握った。
 次にここへ戻ってくる時は、きっとセレスを驚かせるくらい強くなって、陛下に「立派になりました」って報告するんだ。

 魔術師見習いになりたての僕の旅は、まだ始まったばかり。
 でも、このグランツで得た輝きは、きっとこれから先、どんな暗闇でも僕の道を照らしてくれるはずだ。


〈続く〉




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