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『プレシャスデイズ』ワールド紀行
第6回:聖都エルドラ~天使の翼と古の知恵~
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■語り手:テオ(魔術師見習い/グレード1)
 
 険しい山道を下りきった僕の目の前に、ついにその場所は姿を現した。
 陽光を浴びて、街全体が淡く黄金色に発光しているかのように見えた。
 ミッドランド王国北西部に位置する聖地、「聖都エルドラ」。
 300年前からの戦争で多くの都市が灰に帰す中、この地だけは戦火を免れるように人々が奮闘したのだという。それは、ここが神の遣わした援軍――「天使」が降り立ったとされる絶対的な聖域だったからだ。

「……きれいだ。王都グランツの白さとはまた違う、歴史の重みを感じます」
「そうだね。ここは失われなかった場所だ。古い本も、古い記憶も、すべてがこの高い壁の中に守られている」

 師匠の言葉通り、街を囲む城壁には、長い年月をかけて風雨にさらされた深い味わいがあった。
 門をくぐると、街の空気そのものが澄み渡っていることに気づく。通りには香油のような清々しい香りが漂い、神殿から響く鐘の音が、柔らかい余韻を残して空に溶けていた。

 そして、何よりも僕の目を釘付けにしたのは、街の中心にそびえ立つ「なにか」だった。
 神殿や魔術師の塔よりも高く、天を指して斜めに突き刺さった、巨大な長い筒状の金属建造物。
 表面には見たこともない幾何学的な紋様が刻まれ、磨き抜かれた鋼のような鈍い光を放っている。

「師匠、あれは何ですか……? 建物にしては窓もないし、変な形です」
「あれこそが、エルドラが聖都と呼ばれる由縁さ。神話によれば、天使たちが神の国からこの地へ遣わされた際に乗ってきた、『天空を渡る船』の残骸だと言われている」

 僕は息を呑んだ。天空を渡る船。
 かつて神々が人間を救うために送り出した奇跡の断片が、今もこうして目の前に存在している。その圧倒的な実存感に、僕は自分が途方もなくちっぽけな存在であるように感じてしまった。

 ◆

 今回の旅の拠点となるのは、エルドラの魔術師協会だ。
 ここは古都ヴェリタスが建設されるよりも前から、知識の集積地として機能していた場所だという。
 案内された宿舎に荷物を置くと、師匠は僕に向き直って意外なことを言った。

「テオ。しばらくの間、この街に腰を落ち着くことにするよ」
「えっ、もう次の街へ行かないんですか?」
「ああ。今のキミに必要なのは、がむしゃらに歩くことじゃない。ここにある膨大な魔術書を読み、先人たちの知恵を理論として身体に叩き込むことだ。キミの魔力は少しずつ育っているが、それを制御する『デザイン』がまだ足りていないからね」

 師匠の言葉は図星だった。
 サザンクロスでの一件、そして先日の野営での魔術ケトルの扱い。
 自分の中に芽生え始めた魔力が、時折、制御を離れて暴走しそうになるのを感じていた。
 僕は自分の未熟さを改めて自覚し、静かに頷いた。

「わかりました。……勉強、頑張ります」

 ◆

 それからの数日間、僕は魔術師協会の地下にある巨大図書館に通い詰めることになった。
 そこは、天井まで届く書架が迷宮のように入り組む、静寂の海だった。
 古い羊皮紙の匂いと、誰かが唱える呪文の残響が心地よく混ざり合っている。

 そんなある日。僕は、高度な魔力循環の理論書を探して、書架の奥へと迷い込んでいた。
 そこで、ひとりの少女に出会った。

 彼女は、窓から差し込む一筋の光を浴びながら、巨大な本を片手で軽々と広げていた。
 目を引いたのは、その髪色だ。輝く碧い瞳に、透き通るような肌。そして何より、彼女の背中には、この街の象徴である「天使」の末裔であることを示す、小さくも美しい翼が休まっていた。

「……そこ、三段目の棚にあるのは初学者が読むには早すぎるわよ。もっと基礎的な『マナの流体解析』から始めたら?」

 突然声をかけられ、僕は驚いて手に取ろうとしていた本を落としそうになった。
 彼女は僕の困惑をよそに、棚から別の薄い冊子を抜き取ると、僕の目の前に差し出した。

「私はフィオナ。あなたと同じ魔術師見習いよ。スタイルはシューター」
「あ、ありがとう。僕はテオ。……君、その背中の……」
「そう、エルドラの民。天使の血を引く者よ。珍しい?」

 フィオナは少しだけ得意げに笑った。
 彼女は「シューター」という、魔術を魔力弾として射出するスタイルの使い手だという。属性は〈火〉。その情熱的な瞳は、まさに彼女が操る魔術そのもののようだった。

 それから、僕とフィオナは図書館で言葉を交わすようになった。
 彼女の手ほどきは、師匠のものとは違って同年代らしい分かりやすさがあった。

「あなたは〈風〉属性なのよね? なら魔力を風のように感じてご覧なさい。吹き抜ける風のイメージを持つといいわ」

 彼女のアドバイスのおかげで、僕のエンチャントの練度は、目に見えて向上していった。
 
 ◆

 勉強を始めて一週間が過ぎた頃、フィオナが少し真剣な顔で切り出してきた。

「ねえ、テオ。実戦形式で魔力を動かす訓練をしない? 私も、新しい術の精度を確かめたいの。魔術師協会の競技場で、私と立ち会ってほしい」

 僕は一瞬躊躇した。王都でのセレスとの模擬戦の記憶が蘇ったからだ。
 けれど、フィオナの瞳には、かつてのセレスのような冷たさはなく、純粋な向上心と僕への信頼が宿っていた。

 僕は師匠に相談した。師匠は面白そうに片眉を上げると、「いい経験だ。怪我をしない程度にやっておいで」とふたつ返事で許可をくれた。

 翌日。競技場には、僕とフィオナが対峙していた。
 フィオナは愛用の魔導銃を構え、その翼をわずかに羽ばたかせると、彼女の頭上に輝く輪が現れた。

「行くわよ、テオ! 私の魔術、受け止めてみなさい!」

 放たれた魔力弾は、空気を焦がしながら僕の眼前に迫る。
 僕は腰の剣を抜き、魔力を一気に込めた。
 
 キンッ!

 剣の表面を走る魔力が、フィオナの放った魔術弾を弾き飛ばす。
 以前の僕なら、ただ防ぐだけで精一杯だったはずだ。でも今は違う。
 弾いた瞬間に相手の魔力の質を感じ取り、自分の魔力をどう変容させればいいか、頭ではなく感覚で理解でき始めていた。

「やるじゃない! でも、次は避けられないわよ!」

 フィオナが笑う。
 僕もまた、高揚感の中で笑い返していた。

 ◆

 その夜、僕は競技場の端に座り、月明かりに照らされた「天空の船」を見上げていた。

 王都グランツでの出会い。
 街道での修行。
 サザンクロスの賑わいと、ルカとの約束。
 そして、エルドラで出会ったフィオナとの立ち会い。

 旅の全ての出来事が、今の僕の力になっている。
 グレード1の見習いとして始まったこの旅も、いつのまにか多くの経験を僕の背嚢に詰め込んでいた。

「……次は、もっと色々なことができる気がする」

 自分の中を流れるマナが、新しい段階へと進化したがっているのがわかる。
 師匠が言っていた「グレード2」への壁。それはもう、僕にとって見上げるだけの高い山ではない。一歩ずつ、着実に登っていける道のりだ。

 僕は明日もまた、図書館へ行き、フィオナと競い合い、師匠の背中を追い続ける。
 聖都エルドラの静かな夜の下、僕は自分の掌をじっと見つめ、そこに宿る魔術の灯を強く、熱く灯し直した。

 魔術師見習いテオ。
 僕の物語は、この聖なる地で、さらなる高みへと昇ろうとしていた。


〈第1部完〉




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