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『プレシャスデイズ』ワールド紀行
第3回:交易都市サザンクロス~王国の大交差点~
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■語り手:テオ(魔術師見習い/グレード1)
 
 王都グランツを背にしてから数日が経ち、僕と師匠の旅は順調に進んでいた。
 ハルト・ポイントでの休息を挟みながら、ひたすらに整備された王道を歩く。最初はただただ広く感じられた街道だったけれど、ここへ来て景色が一変し始めていた。

 人が、増えているのだ。
 それも、ただの旅人じゃない。荷台に木箱や樽を山のように積み上げ、幌をかけた大型の馬車を操る商人たち。護衛のために雇われた、革鎧や金属鎧に身を包んだ兵士の一団。あるいは、牛を連れて歩く牧場主のような人々。
 王都を出た直後は、まだ整然とした静けさが残っていたけれど、今はまるで巨大な川が合流地点に近づいて水量を増していくように、街道そのものが熱気を帯びているようだった。

「ほら、テオ。ぼやぼやしていると馬車に轢かれるよ。ここはもう、王国の血流のど真ん中なんだから」

 師匠に袖を引かれ、僕は慌てて道端へと寄った。すぐ横を、六頭立ての豪勢な馬車が土煙を上げて駆け抜けていく。御者台に座る男が、僕たちを見てニカッと笑い、片手を上げて挨拶をして通り過ぎていった。
 活気がある。みんな、どこか急いでいるようで、それでいて表情は明るい。

「師匠、なんだかすごい賑わいですね。王都よりも人が多いんじゃないでしょうか」
「そうだね。人口の多さという点では、これから向かう都市のほうがはるかに上だね。あそこは『眠らない街』という異名があるくらいだからね」

 師匠が指差した街道の遥か先。地平線から陽炎のように揺らめきながら、巨大な都市の影が姿を現し始めていた。
 けれど、僕が最初に目を奪われたのは、その都市そのものではなかった。
 都市を取り囲むように、少し離れた平原のあちこちに、石造りの荒々しい建造物が点在していたからだ。

「あれは……砦、ですか?」

 街道の左右、小高くなった丘の上や、川の蛇行を利用した地点に、無骨な石積みの砦が見える。どれも監視塔が高くそびえ、遠目にも兵士が常駐しているのがわかった。

「よく気づいたね。あれはこのサザンクロスを守るための『出城』だよ。サザンクロスは四方に開けた平野にあるから、交通の便が良い反面、攻め込まれやすい。だから都市の外縁部にいくつもの要塞を築いて、それぞれが連携して防御を固めているんだ」

 なるほど、と僕は頷いた。
 王都グランツは、峻険な山の中の限られた平地に巨大な城壁を築いて守っていた。けれど、この都市は違う。街そのものが大きすぎて城壁だけに頼れないのだろう。外側に防衛線を張ることで、都市を守っているのだ。

「魔王軍との戦争の時も、この出城群が魔王軍の進撃を食い止めるのに一役買ったそうだ。もっとも、なんども砦は陥落し、都市も火の海になったが……。それでも、この都市の人たちはしぶとかった。灰の中から何度でも蘇る。それが人間の強さなんだろうね」

 師匠の言葉には、感嘆と呆れが半々に混じっているように聞こえた。

 しばらく歩くと、ついにその全貌が明らかになった。
 交易都市サザンクロス。
 王都グランツから北に続く街道と、西の聖都エルドラ、東の諸都市を結ぶ街道が交差する、まさに王国の大動脈が交わる場所。
 名前の由来は、かつての王都――今は“古都”と呼ばれるヴェリタスから見て、南側に位置することから名付けられたという。

 街の入り口には検問所があったけれど、王都のような厳格さは感じられなかった。
 衛兵たちは出入りする荷車の列を捌くのに忙しそうで、徒歩の旅行者である僕たちには「ようこそ、揉め事は起こすなよ!」と声をかける程度で通してくれた。
 一歩街の中に足を踏み入れると、僕は圧倒されて立ち尽くしてしまった。
 王都グランツが「白く整えられた静かな美しさ」を持つ都市だとしたら、サザンクロスは「色とりどりのエネルギーがひしめく」都市だった。
 レンガ造りの建物がひしめき合い、どの家の軒先にも商品が並べられている。路地裏からは美味しそうな匂いと、何かを叩く音、そして人々の笑い声や怒鳴り声が渾然一体となって押し寄せてくる。

「すごい……。迷子になりそうです」
「ははは、実際、この街の路地は迷路みたいに入り組んでいるからね。まずは宿を確保しよう」

 僕たちは人波をかき分けるようにして進み、都市の一角にある「魔術師協会の塔」を目指した。
 サザンクロスの塔は、王都のものほど高くはなかったけれど、太くどっしりとした造りだった。外壁には商売繁盛を願う護符のような装飾がいくつも彫り込まれていて、ここでも商人の街らしさが現れている。
 受付で身分証であるタグを見せると、すぐに宿泊用の部屋を用意してもらえた。
 部屋は質素だったけれど、窓からは活気ある街並みが見下ろせた。

 荷物を僕用に割り当てられたベッドの上に置いて一息つくと、師匠がポンと手を叩いた。

「さて、テオ。夕食にしようか。今日はとっておきの店に連れて行ってあげるよ」
「とっておき、ですか? 屋台の串焼きとかじゃなくて?」
「魔術師たるもの、時には一流の空気に触れることも修行のうちだ。良いものを知らなければ、何を守るべきかもわからないだろう?」

 師匠はそう言ってニヤリと笑うと、旅の埃を払った外套を小粋に羽織り直した。

 ◆

 師匠に連れられてやってきたのは、大通りから一本入った静かな通りにある、石造りの重厚な建物だった。
 看板には金色の文字で優雅な飾り文字が書かれている。入り口には身なりの良いドアマンが立っていて、僕たちの少しすすけた旅装束を見て一瞬眉をひそめた……ように見えた。
 けれど。

「やあ、久しぶりだね。席は空いているかな?」

 師匠が何食わぬ顔で近づくと、ドアマンの表情が劇的に変化した。

「こ、これは……! 先生、先生ではありませんか! お久しぶりでございます!」

 ドアマンは慌てて最敬礼をし、重い扉を恭しく開けた。
 中に入ると、受付の初老の男性もまた、師匠の顔を見るなり目を丸くし、すぐに柔和な笑顔で迎えてくれた。

「ようこそおいでくださいました。先生がいらっしゃるとは、今日はなんと良い日でしょう。奥の静かな席をご用意いたします」

 僕はただただ目を白黒させて、師匠の後ろをついていくしかなかった。
 通されたのは、落ち着いた照明に照らされた、ふかふかの絨毯が敷かれた一角だった。テーブルには真っ白なクロスが掛けられ、銀色のカトラリーがピカピカに磨き上げられて並んでいる。

「師匠……ここ、すごく高そうなお店じゃないですか? 僕、こんな格好で……」
「堂々としていればいいんだよ、テオ。服で魔術師を判断するのは三流、魔力と品格で判断するのが一流だ。それに、ここのシェフとは古い付き合いでね」

 師匠は慣れた手つきでメニューを開くふりをしたが、すぐに閉じてウェイターに言った。

「注文は任せるよ。この子が驚くような、それでいて疲れた体に染み渡るような、サザンクロス一番の料理をお願いしたい」

 出てきた料理は、僕の想像を遥かに超えていた。

 まずは、喉を潤すための飲み物。
「煮沸した水で薄めたブドウ汁」だ。
 飲みやすい濃度に調整された紫色の液体は、口に含むと芳醇な香りが鼻に抜け、その後に爽やかな甘みが広がる。旅の間、ずっと硬い水筒の水ばかり飲んでいた僕の体に、果実の生命力が染み渡っていくようだった。

「この街は物流の要だからね。南の山岳地帯から届く果物も、周囲の平原で育った穀物も、一番新鮮な状態で手に入るんだ」

 続いて運ばれてきたのは、「ハーブの効いた肉と豆の煮込み」。
 深皿にたっぷりと盛られた煮込み料理からは、爽やかなハーブの香りが立ち上っている。
 スプーンですくって口に運ぶと、ホロホロに崩れるほど柔らかく煮込まれた肉の旨みと、豆の素朴な甘みが口の中で溶け合った。ハーブの香りが肉の臭みを完全に消していて、いくらでも食べられそうだ。

「美味しい……! こんなに深い味のシチュー、初めてです」
「ふふ、だろう? スパイスやハーブをふんだんに使えるのも、交易都市ならではの贅沢さ。このスパイスひとつとっても、遠い異国から運ばれてきたものだからね」

 肉料理は、「ローストチキン」と「羊肉のシチュー」。
 ローストチキンは、皮が黄金色に輝いてパリパリと音を立てるほど香ばしく、ナイフを入れると中から肉汁が溢れ出してくる。付け合わせの「根菜の炒め物」も絶品だ。カブや人参が、バターの風味を纏って甘く輝いている。
 羊肉のシチューは、先ほどの豆の煮込みとはまた違った、どっしりとした濃厚な味わいだった。赤ワインのようなコクがあり、羊肉特有の力強い味が、疲れ切った筋肉に活力を与えてくれるようだった。

 僕は夢中でナイフとフォークを動かした。
 最初は緊張していたけれど、あまりの美味しさに、周りの目なんて気にならなくなっていた。
 師匠はそんな僕を、ワイングラスを傾けながら満足そうに眺めている。

「よく噛んで食べるんだよ、テオ。食事はただの燃料補給じゃない。その土地の風土、歴史、そして作り手の技を体に取り込む儀式なんだ」

 最後に出てきたデザートは、「蜂蜜入りのプディング」。
 ぷるんとした琥珀色のプディングに、スプーンを入れる感触がたまらない。
 口に入れると、卵の濃厚な風味と、花の香りがする蜂蜜の甘さが広がった。甘すぎず、でもしっかりと甘い。旅の疲れが、その甘さと一緒に溶けて消えていくような気がした。

「……はあ、美味しかった。もう動けないくらいお腹いっぱいです」

 最後の一口を惜しみながら食べ終え、僕は椅子の背もたれに体を預けた。
 満腹感とともに、幸福感が体中を満たしていた。
 
 ◆

 店を出ると、サザンクロスの夜はさらに賑やかさを増していた。
 街灯の魔石が道を照らし、酒場からは陽気な音楽が漏れ聞こえてくる。

「どうだった、テオ。サザンクロスの夜は」
「はい……なんていうか、すごかったです。料理も、街の雰囲気も。王都とは全然違う強さを感じました」

 僕は夜空を見上げた。
 街の明かりが明るすぎて星は見えにくかったけれど、この街そのものが地上の星空みたいだと思った。

「この街は、何度も戦火で焼かれた。開けた土地で、守りにくい場所にあるからね。それでも、人々はここを見捨てなかった。それだけこの土地は魅力的なことなんだ」

 師匠は杖の石突きで石畳をコツンと叩いた。

「焼かれても、壊されても、その瓦礫の上にまた新しい店を建てる。商売を始める。その『生きる力』こそが、このサザンクロスという街の魔力なのかもしれないね」

 生きる力。
 僕は今日見た、出城の武骨な姿と、市場の喧騒、そしてあのレストランの洗練された料理を思い返した。
 守るための力と、楽しむための力。その両方が、この街には溢れている。

「さて、今日はもう休もう。明日は朝から市場(マルクト)に行くぞ」
「市場ですか? 何か買うんですか?」
「ああ。ここから先、聖都エルドラへ向かう旅は、少し長くなるからね。必要な道具や消耗品、それに旅の楽しみのための嗜好品も買い足しておかないと」

 師匠はウィンクをしてみせた。

「それに、この街の市場には世界中の珍しい物が集まる。キミのような見習いエンチャンターが使う素材だって、掘り出し物が見つかるかもしれないぞ?」

 その言葉に、僕は眠気が少し吹き飛ぶのを感じた。
 新しいアイテム、未知の素材。
 僕の冒険心が、また疼き始める。

 塔への帰り道、僕は自分の足取りが来る時よりも軽くなっていることに気づいた。
 美味しい料理と、師匠の言葉、そしてこの都市の活気が、僕に新しいエネルギーをくれたんだ。
 明日の市場が楽しみで仕方ない。
 僕たちの旅は、まだこの大きな交差点を曲がったばかりだ。


〈続く〉




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